農業分野での改革特区に指定された兵庫県養父市で先月、農機メーカーと地元農業者が手を組み今年1月、法人化にこぎつけた農業生産法人が農業改革をスタートさせた。取材に訪れたこの日は、あいにくの雨。それでも業界紙や地元ケーブルテレビなど多くのメディアが取材に詰め掛け、関心の高さを伺わせた。規制緩和で農業の活性化を図る一連の挑戦が、人口減少と高齢化に悩む自治体の振興の足掛かりとなるかどうか今、注目を集めている。

多様な農業の担い手を増やす、大胆な規制改革

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山に囲まれた田んぼが広がる

兵庫県北部、但馬地域の中央に位置する養父市。人口24,293人、世帯数8,713世帯(平成27年)の小都市で、四方を山々に囲まれた中山間地だ。この恵まれた自然条件を活かし、水稲を中心に野菜や花き等が栽培され、神戸牛や松阪牛の素牛であるブランド牛「但馬牛」を生産する。農業が盛んな地域にも関わらず人口減少の一途を辿る養父市では、主な農業従事者である兼業農家が11年前の3142戸から、878戸(平成24年)に激減。担い手の平均年齢は70代半ばを過ぎ、高齢化が急速に進む。また、農産物を作付けせず、今後数年作付けする予定がない耕作放棄地も226.3ha(平成24年)に及び、8年前の118.7haと比べると2倍に増加。農地の荒廃が危惧されている。

 危機感を抱いた市は、農業の担い手が元気なうちに農地が荒れないようなシステムを構築し、後継者を育て、農業振興を目指したいと、国に国家戦略特区として申請した。国家戦略特区とは、アベノミクス「第3の矢」である成長戦略の中核を担う政策で、地域や分野を限定し、規制緩和や税制など優遇・支援措置を行い民間投資を促す。これにより、ビジネスがしやすい環境を創出し、地域経済の活性化を図る仕組みだ。養父市は中山間地農業の改革拠点として平成26年、農業分野においての国家戦略特区に指定された。市が取組む規制改革は5項目。中でも特に注目されたのが、

    • 農地の流動化を促進する「農業委員会と市町村の事務分担」
    • 6次産業化を推進する「農業生産法人の要件緩和」

これまで意欲のある企業が農地を借りて農業に参入しようとしても、農地の売買や貸借に関する権限を持つ農業委員会の許可が得られず、計画が進まないことが多かった。そこで、「農業委員会と市町村の事務分担」を行い、農地の許可業務を市に移譲した。さらに、農地を所有できる法人として、役員の過半が販売・加工に携わる農業関連業種の常時従事者であること、その過半が農作業に従事することが要件としてあったが、「農業生産法人の用件緩和」で、農業に従事する役員が1人いれば、農業生産法人と同様に扱われるようになり、企業の参入がしやすくなった。

市では現在、8つの企業が事業を開始している。取組みは実に多様で、大手産業機械メーカーが地元農家と協力し立ち上げた農業生産法人では、にんにくの産地化を促進し、ブランド化した「やぶ医者にんにく」を6月に出荷する予定だ。また、姫路市にある生花卸売市場は、冷涼な気候を活かしリンドウや小ギクを栽培。休耕地を活かして、れんげを栽培し養蜂業を手掛ける会社では、ハチミツを使った加工品の生産を目指す。

地域の課題に応える新しい米づくり

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茶色く見えるのが、鉄コーティングされた種籾

事業の一つで今回取材したのは、農機メーカーと地元農業者が立ち上げた農業生産法人だ。ICT(情報通信技術)を活用し、効率的な米づくりに取組む他、高糖度トマトの施設栽培や露地野菜の栽培にも乗り出す。

米づくりは直播栽培で行う。直播栽培とは、育てた苗を水田に植える移植栽培と違い、水田に米の種を播く栽培方法だ。直播栽培は畑状態にした水田に直播する「乾田直播」と、水がある状態で直播する「湛水直播」に分かれるが、今回作業を行ったのは、「鉄コーティング湛水直播」。種籾を鉄粉でコーティングし、重くした種子を播くことで、芽を出した小さい苗が水に浮きにくく、鳥害にも遭い難い。また、種子は農作業が少ない冬の間につくることができ保存も効く等、様々なメリットがある。

しかし、一番のメリットは大幅な省力化だろう。苗をつくる必要がなく、1箱5kgもする苗箱を運ぶ重労働から開放され、育苗から田植えまでにかかる労働時間も67%に短縮できる。農業従事者のほとんどを高齢者が占める養父市であれば、このメリットはなおさら大きく、普及が期待される。播種する水田は休耕地だった農地を含み、約1.8ha。収穫した米は農機メーカーが買い取り、香港、シンガポールへ輸出する構想だ。

中山間地農業の改革拠点となるかどうか

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イノシシ対策として張られた柵。中山間地域では鳥獣害対策も必要

今回の特例を活かし地域経済の活性化を図るには、事業を軌道に乗せ、雇用を創出し「儲かるビジネス」にすることが最重要課題となる。しかし、中山間地域における農業の現状は深刻だ。人口減少、農業従事者の高齢化、担い手不足などの問題に加え、傾斜地が多いため、まとまった耕地も少なく、平地に比べ耕地面積も小さいことから、規模拡大が進み難い。そのような条件的に不利な中山間地が、国土面積の7割を占める。耕地面積、総農家数においては約4割にもなり、中山間地域での農業振興は、まったなしの課題だ。

養父市のように耕作放棄地を解消し農地として甦らせ、農業振興を図りたい自治体は多い。この一連のチャレンジが、中山間地農業の改革拠点となるのかどうか。養父市の今後の動向に注目が集まる。