北陸で唯一の海の温泉「和倉温泉」
3月の初め、何年かぶりに4人の新しいスタッフを迎えたこともあり、昨年の箱根に続き、今年も一泊二日の研修旅行へ行ってきました。今回は石川県の北部、能登半島の中央に位置する七尾市の和倉温泉へ。「潮の香りと湯けむりの街」としてその名を全国に知られている日本でも珍しい「海の温泉」です。
大阪市内から電車に揺られること、約4時間の長旅。お世話になる宿は、日本で最も有名な温泉旅館の1つである「加賀屋」。お客さまの満足を第一に考え、心のこもったおもてなしでサービスにあたる、ホスピタリティーに優れた加賀屋は、全国の旅行会社による投票で「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」において、36年連続日本一位を獲得しています。ちなみに最上級のお部屋は、お一人様一泊(夕食・朝食付き)約56,000円から。個人的な旅行では、なかなか手の出ない憧れの旅館です。
部屋は純和風のしつらい。広々とした畳敷きの部屋に入ると、にこやかな笑顔の仲居さんがお抹茶と季節の和菓子で、もてなしてくれます。桃の節句だったこの日の和菓子は桜餅。春はすぐそこです。
到着するとすぐに温泉へ。仲居さんの話しによると、一汗流してから心置きなく夕食を楽しもうとする宿泊客が多く、夕食前の温泉は特に混雑するそう。
館内にある温泉は大浴場をはじめ、七尾湾を望むことができる露天風呂や野天風呂など趣があり、お湯は熱めで無色透明。試しに舐めてみると、塩っ辛い。それもそのばす。お湯には塩分が含まれていて、「海の温泉」ならではの効能があるとか。傷や皮膚病に作用する「殺菌効果」や、湯冷めを防ぐ「保温効果」。そして、女性に嬉しい「美肌効果」。その他にも神経痛や痛風、アトピーなどにも効果があるそうで、恩恵に預かりたいがために、3回も湯に浸かりました。
およそ1200年前にはじまった和倉温泉の歴史は長く、開湯には面白い物語が。なんでも傷ついた足を癒すシロサギを見つけた地元の漁師が不思議に思って近づいたところ、温泉が湧き出ていることが分かったそう。街の中心地にある「湯元の広場」では、この伝説にちなんだシロサギの立派なブロンズ像があり、源泉を利用して自由に温泉たまごがつくれるようになっています。「温泉に行ったら、温泉たまごは必ず食べたい」という、食いしん坊の方は、散策ついでに是非。
能登の自然の恵みをまるごといただく
夕食までのわずかな時間の合間に向かったのは、加賀屋から歩いて5分ほどの距離にある「ル ミュゼ ドゥ アッシュ」。昨年放送されたNHK朝の連続テレビ小説「まれ」の製菓指導を務めたパティシェ、辻口博啓氏のお店です。ここ七尾市出身で、世界を舞台に活躍する辻口シェフの砂糖を使ったアート作品を間近に見ることができるミュージアムと、能登をはじめとする北陸の食材を使用したスイーツが味わえるカフェが一緒になっています。スイーツをアート作品のレベルにまで高め展示する、パティシェの域を超えた型破りな発想に「お菓子の素晴らしさと可能性を多くの人に伝えたい」という気概がビシビシと感じられます。
七尾湾を目の前にしたカフェで、プチガトー(小さなケーキ)をいただきます。私が選んだのは、フランス大使館主催の仏菓子コンクールで優勝した代表作の「セラヴィ」。白と赤のシンプルな色使いで派手さはないけれど、佇まいに気品があります。肝心の味はというと、控えめな甘さのホワイトチョコレートムースの中にピスタチオのスポンジ、ショコラとフランボワーズをムースにしたものが挟み込まれていて、フランボワーズの酸味が良いアクセントになっています。
ちなみにセラヴィとはフランス語で、「これが人生さ!」という意味の慣用句だそう。酸いも甘いも噛み分けて、人生を悟った様子を小さなケーキで爽やかに表現するなんて、エスプリが効いています。
さて、次はいよいよお待ちかねの夕食の時間です。能登の食材を知り尽くした料理人が、腕によりをかけてつくった山海の幸が並びます。
この日の献立は、ズワイ蟹をはじめ、なまこの卵巣を干してつくられる日本三大珍味のひとつ「干し口子(くちこ)」や、脂ののったブリの刺身、のど黒と鱈の温泉蒸し、加賀料理を代表する料理のひとつ治部(じぶ)煮など、郷土料理も含め、日本一の旅館の名にふさわしい、贅の限りを尽くした料理がずらりと並びます。
デザートとして出された、杏仁豆腐を思わせる「能登ミルク豆腐」には、金箔があしらわれていて、(金沢は金箔の生産量が99%のシェアを誇るとか)最後まで能登らしさを感じさせる趣向でもてなされ、加賀百万石の殿様のようになった気分でした。
8万円のささやかな贅沢
夕食会がお開きになった後も、楽しい夜は続きます。すっかりほろ酔い気分で、気が大きくなったお酒好きのスタッフがなだれ込んだのは、旅館内にあるバー。目の前には見るからに高そうな年代物のウイスキーや、幻と言われる焼酎などが並びます。内心ドキドキしながら着席するやいなや、スッと出されたのは何の変哲もないごくごく普通の赤ワイン。しかし、これが曲者でした。何とはなしに一口啜った瞬間。それを見計らったかのように、横に座っていたスタッフがぽろっと、「それ8万円するよ」。「へっ?…」と、素っ頓狂な声を出し、その値段に言葉を失う私。話しを聞けば、なんと重役から1本8万円もする赤ワインが、その場にいるスタッフ全員に大盤振る舞いされていたのでした。
「こんな高級ワイン、一生のうちに飲むチャンスがあるかどうか」と、心の中でひとりごち、新たな気持ちで一口何千円もするワインを、全神経を研ぎ澄ませ感じ取ろうと試みるものの正直なところ 「う~ん、分からない…。これ本当に8万円もするの?」。普段1本500円のハウスワインをコンビニで買い、ガブガブ飲んでいる超庶民の私にすれば、ソムリエのように五感をフルに働かせ感じたものを言葉にする術がないばかりか、肝心の味がよく分からなかったのです。
さて、このブログを読んでいる読者の方からの「なんて贅沢な会社なのだろう、さぞかし潤っているに違いない」と、いう声が聞こえてきそうです。確かに私も同じ思いです。100人の従業員を抱える中小企業でもないし(もちろん大企業でもありませんが)、従業員数たった25人のこんな小さい会社のどこにそんなお金があるのかと…。
しかし、お金のあるところにはあるのですね。今月、とある知事が職員20人を引き連れロンドン・フランスへ海外出張に行った際、5泊で5,000万円もの大金を使ったという、庶民には考えられないような金銭感覚を露呈した出来事がメディアで報じられました。「豪華大名行列」と揶揄されているようですが、4年後に迎える東京オリンピック・パラリンピックの開催のための都市外交とは言え、一人250万円もの旅費!(フランスですからワインも飲んだのでしょう)。使われたのは、もちろん税金です。
それに比べコツコツ稼いだお金で、1本8万円のワインを9人で慎ましく分け合った私たちの散財は、なんとスケールの小さいことか…。普段、大きな荷物を抱え取材や撮影などで日本全国津々浦々、飛び回っている分、ささやかな贅沢をしても罰はあたらないはずです。きっと。
ちなみに・・・。飲んだワインは「シャトー・オー・ブリオン」と言って、フランスにある世界で最も有名なワインの産地、ボルドーで最古の歴史を持つシャトー (醸造所)がつくったもの。ボルドー5大シャトーとして、優れたワインを輩出する地区の格付けで第一級と認められた、世界トップクラスのワインだとか。いや~知りませんでした…。