本屋へ行けば、たまに農業特集を組む雑誌が山積みにされている光景を見る。『儲かる農業』という、ビジネス色が強いセンセーショナルな見出しに、思わず手が伸びる。(1)きつい、(2)汚い、(3)危険の3Kと言われる農業は「儲からない」イメージがあったが、農業者の工夫とアイディア次第で、それも今は昔の話だ。

仕事柄、小難しい資料や文献をめくることは多々あれど、そう言えば農業を主題にした小説はほとんど見ない。小説になると、「食の安全」「食料自給率」「農業従事者の高齢化」など、農業が直面する課題にテーマが置かれ、バリバリの社会派小説になってしまうからだろうか。

そんな安直な考えにNOを突き付けられたのが、この小説。誉田哲也の「幸せの条件」。何事に対しても消極的な姿勢で、仕事にやりがいを見出せない24歳のOLが主人公だ。勤務する製作所の社長の命で、自社開発したバイオエタノール精製装置実用化のため、何のつてもない長野の農村へ東京から一人、バイオエタノール用の米の作付けを農家にお願いしに行くことから、話しは始まる。

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ちなみに、バイオエタノールとは、サトウキビやトウモロコシといった植物資源(バイオマス資源)を発酵させ、蒸留してつくられるエタノールで、ガソリンの代替燃料として利用可能な燃料のこと。化石燃料に依存する日本で、新しい燃料としての活用に期待が高まっている。小説では米の生産調整で作付けされなくなった田んぼに、バイオエタノール用の米を作付けすることで、休耕地を活用すると同時に、地球温暖化対策を図ろうとしている。

作付けの契約が取れるまで東京へは帰って来るなと、命じられた主人公だが、農業に関する知識も興味も全くない。紹介された有力な候補先に足を運ぶものの、全滅。が、思いかけず最後の契約先として、門戸を叩いた1軒の農業生産法人で働くこととなり、農作業に従事していくうち農業に関心を持つようになる。小説では上に挙げた農業の課題も触れるが、この小説はそれらを難しく扱うことはしない。農業ド素人の若者目線で語ることで、読者は農業を身近に捉えることができる。

個人的には「トラクタの後輪が三角形」や「あぜ塗り機」、「疎植(そしょく)」など馴染む言葉もチラホラ出てきて、楽しく読んだ。

これから読む人のため、ここでは言えないが、主人公の考えだけでなく、生き方そのものも大きく変える出来事がある。話の後半、主人公はこう言う。「食べるものを、自分たちで作って、生きる。 それによって、他の人たちの食を支えて、生きる。 常に、大いなる自然の一部として、生きる。 季節を感じながら、雨風と闘いながら、生きる。 体力的にキツくても、暑くても寒くても、笑って、生きる。」 農業の本質をよく表している言葉に思う。さて、主人公は契約が取れ、東京に戻ることができたのか?それとも、取れないまま長野に残留?または…。答え合わせは、小説を読んでもらうことでしてもらいたい。やっぱり農業って、すごく面白いんだな。